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宇都宮地方裁判所 平成元年(行ウ)3号 判決 1998年3月19日

宇都宮市駒生町六七六番地七二

原告

齋木輝夫

右訴訟代理人弁護士

一木明

佐藤秀夫

田中徹歩

米田軍平

宇都宮市昭和二丁目一番七号

被告

宇都宮税務署長 早川榮一

右指定代理人

齋木敏文

堀久司

田村利郎

山本廣美

手塚俊文

谷田部浩

田中昇

齋藤隆敏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六三年二月二二日付けでした原告の昭和五九年分から昭和六一年分までの所得税に対する各更正のうち別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載の「総所得金額」及び「所得税額」を超える部分並びに昭和六〇年分及び昭和六一年分の各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、所得税〔昭和五九年分から昭和六一年分まで(以下「本件各係争年分」という。)〕の確定申告をしたところ、被告が、原告の事業所得について調査のうえ、同業者の収入金額に対する所得金額の比率を用いて原告の所得金額を推計し、前記請求に記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったことから、原告が、被告の税務調査手続上の違法並びに事業所得金額の認定及びその方法(推計)の違法を主張して、右各更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、頭書肩書地に居住し、「齋木建材」の名称で残土の処理業(原告はこれを建材業と呼称し、被告は運送業と評価する。)を営む傍ら、宇都宮市西一の沢一七番地四〇号(昭和六〇年二月一日の居住表示変更前は、同市西一の沢三七九番地)所在の店舗(以下「原告店舗」という。)において、「印章齋木」の名称で印章小売業を営むいわゆる白色申告者である。

原告は、本件各係争年分の所属税について、各申告期限内に、別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載の「総所得金額」及び「所得税額」のとおり確定申告した。

2  税務調査の経緯

(一) 被告所部の落合基由国税調査官(以下「落合係官」という。)及び荻原昌也大蔵事務官(以下「荻原係官」といい、落合係官と荻原係官の両名を「被告係官ら」という。)は、昭和六一年八月二〇日、原告居宅を訪れたが、原告が不在であったため、原告の妻齋木美和子(以下「美和子」という。)と面接した。

(二) 美和子は、昭和六一年九月一日午後三時ころ、荻原係官に架電し、調査日時を翌二日午後二時にして欲しい旨を申し出、同係官はこれを了承した。

(三) 被告係官ら、昭和六一年九月二日午後二時に、原告店舗を訪れたところ、美和子と共に、宇都宮民主商工会の猪瀬和男事務局長(以下「猪瀬事務局長」という。)及び岡川俊子が調査への立会いを求めて待機していた。

被告係官らは、美和子から原告が不在であることを告げられ、原告に伝えるので調査の理由を聞きたいと言われたため、美和子に対し、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の原告の所得税の調査に来たこと、調査理由は申告所得金額の適否の確認であること、調査に関係のない第三者が同席すると調査に支障を来す場合があること等を説明するとともに、立会人の退席を求めた(それに対する美和子の対応と被告係官らのその後の言動については争いがある。)。

(四) 原告は、昭和六一年九月三日、落合係官に架電した(電話で交わされた会話の内容については争いがある。)。

(五) 美和子は、昭和六一年一〇月二二日に、落合係官に架電し、調査日時を同月二四日午後三時にして欲しい旨を申し出、同係官はこれを了承した。

(六) 被告係官らは、昭和六一年一〇月二四日午後三時に、原告店舗を訪れたところ、原告は不在で、美和子と猪瀬事務局長及び岡川俊子が待機していたため、立会人の退席を求めた。美和子は、この求めに応じず、昭和六〇年分の建材業及び印章小売業に係る収入金額と必要経費の内訳を記載した一覧表を提示した。

被告係官らは、前記一覧表の内容を転記したうえ、美和子に対し、会計帳簿の提示を求めた。美和子は、請求書の控えを用意し、昭和六〇年分の建材業の請求金額を読み上げると言って、一枚ずつ相手先名、日付及び金額の読み上げを開始した。美和子は、右請求書控えのうち、前記一覧表に記載のない取引先の分を一部を飛ばして読んだが、後でそのことを認め、飛ばした請求書控えに記載された相手先名、日付及び金額を明かにした。

被告係官らは、美和子に対し、会計帳簿の提示と相手先の住所の開示を求めた(それに対する美和子の対応には争いがある。)。

(七) 落合係官は、昭和六一年一〇月二七日に、原告から電話を受けた際、同人に対し、会計帳簿の提示と取引先の住所の開示を求めた(原告と右係官のその後の応答には争いがある。)。

(八) 被告係官らは、昭和六二年六月一日、原告店舗を訪れ、美和子に対し、昭和六一年分も調査の対象とする旨を伝えた。

(九) 美和子は、昭和六二年七月二一日に、荻原係官に架電し、調査日時を同月二七日午後一時三〇分にして欲しい旨を申し出、同係官はこれを了承した。

(一〇) 被告係官らは、昭和六二年七月二七日午後一時三〇分に、原告店舗を訪れたところ、原告と美和子の他に、猪瀬事務局長及び宇都宮民主商工会の事務局員一名が待機していたため、原告に対し、立会人の退席を求めた(それに対する原告の対応と被告係官らのその後の言動については争いがある。)。

3  本件各処分及び不服申立ての経緯は、別表一の1ないし3に記載のとおりである(以下、本件各係争年分の更正を「本件各更正」、昭和六〇年分及び昭和六一年分の過少申告加算税賦課決定を「本件各賦課決定」といい、これらを総称して「本件課税処分」という。)。

二  争点

本件課税処分の具体的課税金額の適否が争われており、具体的には以下の点が争点となる。

1  税務調査の適法性

2  推計課税の必要性

3  推計課税の合理性

4  実額反証の成否

三  争点1(税務調査の適法性)について

1  被告の主張

(一) 税務調査の経緯

(1) 昭和六一年八月二〇日の調査では、被告係官らが、美和子に対し、原告の所得税の調査を行うために来た旨を伝えたが、原告が不在であると言われたため、同年九月二日午前一〇時ころ、原告店舗に調査に訪れたい旨の文章を作成し、これを美和子に交付して原告店舗を辞去した。

(2) 昭和六一年九月二日の調査において、美和子は、被告係官らから立会人の退席を求められたが、これに応じず、かえって立会人と共に調査の理由が単に所得金額の確認というのでは納得できないと言って調査に応じようとしなかったため、被告係官らは、美和子に対し、納税者には調査に応じる義務があること等が記載された税務調査に関するパンフレットを交付し、原告と話がしたいので、原告から被告係官らに連絡してもらうよう美和子に依頼して、原告店舗を辞去した。

(3) 昭和六一年九月三日の電話では、落合係官が原告に対し、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税の調査に協力するよう求めたが、原告は仕事の段取りがあり、九月の連休過ぎに改めて原告から連絡すると述べて電話を切った。

(4) 昭和六一年一〇月二四日の調査において、被告係官らは、美和子から提示された一覧表の記載内容を調査するため、同表作成の基となる請求書、領収書及び会計帳簿の提示を求めたが、美和子はこれに応じず、請求書の控えを読む際にも、記載内容が被告係官らに見えないように隠しながら読み上げた。

被告係官らは、少なくとも会計帳簿等を調査しなければ原告の所得金額が会計帳簿等を基に正しく計算されているかどうかの確認すらできないと考え、美和子に対し、再三にわたり会計帳簿等の提示を求めたが、同人は、「相手に迷惑がかかる」とか「信用しろ」等と述べて被告係官らの要求を拒否し、調査がそれ以上進展しなくなったため、原告店舗を辞去した。

(5) 昭和六一年一〇月二七日の電話において、原告は、落合係官の協力要請に対し、相手方に迷惑がかかるとか、被告係官らの反面調査に対する抗議を述べるにとどまり、落合係官の協力要請に応じようとはしなかったため、同係官は、原告の協力が得られなければ独自に調査を進めざるを得ない旨伝えた。

(6) 被告は、原告が申告期限内に提出した昭和六一年分の確定申告書の記載内容を検討したところ、昭和五八年分ないし昭和六〇年分と同様、収入金額及び必要経費が記載されておらず、所得金額の算出過程が不明であったこと、原告の申告所得金額が過少ではないかとの疑問が持たれたこと等から、被告係官らに対し、昭和六一年分についても併せて調査するように指示した。

(7) 昭和六二年七月二七日の調査においては、原告は、被告係官らから立会人の退席を求められたにもかかわらず、これに応じず、「どういうことで家に来たんだ。」「六〇年分の調査の結果の結論が出ていないのに、なんで六一年分の調査をする必要があるんだ。」「八か月間も結論を出せないで何しているんだ。」等と繰り返し述べるのみで、被告係官らの再三にわたる調査への協力要請や会計帳簿等の提示要求には、全く応じなかった。

(二) 所得税法二三四条一項は、調査権限を有する職員が当該調査の目的、調査すべき事項、帳簿等の記帳保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的に必要があると判断した場合に、職権調査の一方法として同項各号に規定する者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿書類その他の物件の検査を行う権限を認めたものであって、右質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものである。

また、税務職員が右質問検査権を行使するときの第三者の立会いについても、税理士法三四条(調査の通知)の規定以外に実定法上特段の定めがないのであるから、税理士以外の第三者の立会いを拒否するか否かは権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。このことは、税務調査に当たって調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方である第三者の営業上の秘密に及ぶことが少なくないことから、被調査者が法律の規定によって守秘義務を負わない第三者の立会いを要求する権利があるとはいえず、調査に際し調査担当者がこのような第三者の立会いを拒むことはもとより正当な処置である。

(三) (一)の税務調査の経緯から明らかなとおり、原告は、被告の再三にわたる調査への協力要請や会計帳簿等の提示要求に応じず、被告の調査に対して非協力的な態度に終始したのであり、被告が権力的な方法で調査を進めたものではない。

また、原告は被告係官らによる立会人退席の要請を拒否しているが、前項のとおり、原告には、守秘義務を負わない第三者の立会いを要求する権利はないのであって、被告係官らが右第三者の立会いを拒否したことが正当な措置であることは明らかである。

よって、本件各処分の調査手続には、何ら違法はない。

2  原告の主張

(一) 税務調査の経緯

(1) 昭和六一年八月二〇日の調査では、落合係官が美和子に対し「都合の良い日を電話で連絡して下さい。」と述べて帰っただけであり、美和子が文書を受け取ったことはない。

(2) 昭和六一年九月一日に美和子が荻原係官に架電したのは、原告が同年八月二五、六日ころ、落合係官に架電し、原告自身は独立して間もないため、当分仕事を休めないことを説明し、仕事の中身は美和子が分かっているので、美和子に聞いてもらうよう話したところ、同係官もこれを了承したためである。

(3) 昭和六一年九月二日の調査には、猪瀬事務局長、宇都宮民主商工会事務局員の岡川俊子及び同会会員の今泉サチ子が同席した。落合係官は、美和子が調査理由を尋ねたのに対し、「所得の確認です。」としか答えず、立会人らの質問にも答えることなく、美和子に対し、立会人の退席を求めた。美和子は、この求めに対し、立会人を在席させている事情をと理由を説明し、退席をさせなければならない理由を尋ねたところ、落合係官が守秘義務があると答えたため、美和子は、立会人に聞かれて困る秘密はないと反論した。

被告係官らは、なおも数回にわたり、立会人の退席を求めていたが、やがて、「読んでおいて下さい。」と印刷物を置いて帰った。

(4) 昭和六一年九月三日の電話では、落合係官が原告に対し、立会人を入れないで税務調査に協力して欲しい旨述べたので、原告は、立会いはしてもらうこと、税務調査に協力する気はあるが、調査の理由を明らかにするのが先であること等を述べたところ、右係官はそれには答えず、都合のつく日を連絡するように述べて電話を切ってしまった。

原告が、やむを得ず、美和子に調査に協力するような依頼したため、美和子は、落合係官に架電し、調査に応じる日時を伝えた。

(5) 昭和六一年一〇月二四日の調査において、美和子は、調査に協力すべく予め請求書、領収書、メモ等の資料を揃えておき、猪瀬事務局長、岡川俊子事務局員及び宇都宮民主商工会会員の鈴木セツ子が同席した。

美和子が落合係官に再度調査理由を尋ねたところ、同係官は、原告の申告書には売上も経費も記載されていないと答えた。

美和子や立会人が売上と経費が分かればいいのかと確認したところ、落合係官がそうだと言うので、美和子は、昭和六〇年分の取引先別の月別売上額、月別経費の一覧表を提示した。落合係官は、さらに、帳簿、請求書、領収書を見せて欲しいと言い、おかしいところがあれば説明すると言う美和子と押し問答の末、「帳簿を見せるのですか、見せないのですか。」と語気鋭く迫った。結局、美和子は、調査を終わらせるため、原告が受け取った金額について、請求書を読んで示すこととし、昭和六〇年分の請求書綴りを取り出して読み上げた。

美和子は、読み上げの途中で、右一覧表に記載を漏らした請求書に気付き、一通り読み上げてから記載漏れを説明しようとして、それを飛ばしたところ、落合係官から飛ばした分の業者の名前と金額を教えるように言われたため、橋本建材、二万八〇〇〇円である旨を答えた。

落合係官は、請求書による売上額の確認を終えた後、外注費の取引先を教えるように主張したが、美和子は、取引先に迷惑がかかるおそれがあり、取引先を失うことにもなりかねないから、予め取引先に連絡して協力を得てから言うと述べて拒否し、立会人も口々に事情を説明したところ、被告係官らは、午後四時半過ぎに帰った。

(6) 昭和六一年一〇月二七日の電話では、落合係官が原告に対し、帳簿、書類等を全部見せて欲しい、外注先の名前と住所を明らかにして欲しいと言うばかりで、先日見せた数字におかしいところがあったのかとの質問や、外注先が分かっても勝手に反面調査をしないと約束して欲しいという原告の求めには答えず、話は進展しなかった。

(7) 昭和六二年六月一日及び同年七月二七日に、被告係官らが原告を訪れた際、原告や美和子が昭和六一年分を調査する理由を聞いても被告係官らは所得の確認としか答えず、昭和六〇年分の調査結果を聞いても何も答えなかった。

立会人が国税庁の税務運営方針を述べると、被告係官らは、口々に立会人の退席を求め、原告がこれに応じないでいると、帰ってしまった。

(8) 昭和六二年七月二七日の後にも、落合係官から原告宅へ、二、三度、帳簿を見せるよう電話があったが、美和子が昭和六〇年分の取扱いを質問すると直ぐに切ってしまった。

(二) 税務調査の経緯は、以上のとおりであり、原告は、被告の調査を拒否したことなどなく、できる限りの協力を行った。被告は、原告の質問にまともに答えず、国税庁の税務運営方針にも反する権力的な方法で調査を進め、原告が服従しないからといって一方的に調査を打ち切って推計課税を行ったのであり、被告の調査は、適法手続の要請に反し、違法である。

四  争点2(推計課税の必要性)について

1  被告の主張

三1(一)記載のとおり、被告係官らが、原告に対し、再三にわたって調査協力を要請したにもかかわらず、原告は、第三者の立会いを認めたければ調査に協力できないとか調査の理由が単に所得金額の確認では納得できないなどと主張し、また、調査が長引いているとの一方的な非難をするなどして帳簿書類を提示せず、調査に全く協力しない状況であった。

右のように、調査に対する原告の協力が得られず、被告は原告の所得金額を帳簿書類等に基づいて実額で把握することが不可能であったから、原告の本件各係争年分の所得金額を推計の方法によって算出せざるを得なかったものであって、推計の必要性が存したことは明かである。

2  原告の主張

原告の所得税に係る推計の必要性については争う。

五  争点3(推計課税の合理性)について

1  被告の主張

(一) 本件各更正の根拠

原告の本件各係争年分の事業所得金額(総所得金額)及びその算出根拠は、以下のとおりである。なお、原告の営む「建材業(残土処理業)」は、産業分類上は運送業に該当し、運送業の一形態に過ぎないというべきである。

(1) 昭和九五年分

<省略>

<1> 総収入金額は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分  一〇五八万五二一三円

右は、昭和六一年分の軽油一リットル当たりの収入金額九七四円五〇銭〔昭和六一年分の運送業に係る収入金額一六七八万七〇〇〇円を昭和テスコ株式会社(以下「昭和テスコ」という。)からの軽油購入量一万七二二六・二リットルで除した金額〕に昭和五九年中の昭和テスコからの軽油購入量一万八六二・二リットルを乗じて算出した金額である。

なお、右算出の基とした軽油購入量については、原告の同年の期首及び期末の各棚卸金額が不明であったことから、期中使用量等と購入量等とが同一であるものとみなして算出したものである。

ただし、昭和五九年中の軽油購入量は、同年一月ないし三月分購入量が不明であったので、同年四月ないし一二月分の購入量であり、これを基準として推計しているため、現実の収入金額を相当下回るものと推測される。

イ 印章小売業分  二五八万九七一六円

右は、昭和五九年分の有限会社伊藤印材店(以下「伊藤印材店」)からの仕入金額二四万六八〇〇円を売上原価として、これを原告と事業規模等を同じくする印章小売業を営む個人事業者(以下「比準同業者B」という。)の同年分の売上原価率(一〇〇から差益率を差し引いた率)九・五三パーセント(別表二<5>参照)で除して算出した金額である。

なお、右算出の基とした印材仕入金額については、原告の同年の期首及び期末の各棚卸金額が不明であったことから、期中使用量等と購入量等とが同一であるものとみなして算出したものである(昭和六〇年分及び昭和六一年分も同じ。)。

<2> 所得金額 四九六万七四五七円

右は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分 四二二万〇三二四円

右は、<1>アの運送業に係る収入金額一〇五八万五二一三円に、原告と事業規模等を同じくする運送業を営む個人事業者(以下「比準同業者A」という。)の平均所得率三九・八七パーセント(別表三<3>参照)を乗じて算出した金額である。

イ 印章小売業分 七四万七一三三円

右は、<1>イの印章小売業に係る収入金額二五八万九七一六円に、比準同業者Bの所得率二八・八五パーセント(別表二<6>参照)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業専従者控除額 四五万円(当事者間に争いがない。)

右は、所得税法五七条三項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。)による美和子に係る事業専従者控除額である八昭和六〇年分及び昭和六一年分も同じ。)。

<4> 事業所得金額 四五一万七四五七円

右は、<2>の所得金額から<3>の事業専従者控除額を差引いた金額である(昭和六〇年分及び昭和六一年分も同じ。)。

(2) 昭和六〇年分

<省略>

<1> 総収入金額 一四六五万九三七〇円

右は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分 一二三七万九三〇〇円

右の内訳は、別表四の「昭和60年分」欄記載のとおりである。

イ 印章小売業分 二二八万〇〇七〇円

右は、昭和六〇年分の伊藤印材店からの仕入金額二二万七〇九五円を売上原価として、比準同業者Bの同年分の売上原価率九・九六パーセント(別表二<5>参照)で除して算出した金額である。

<2> 所得金額 五一一万六六三三円

右は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分 四四九万一二一〇円

右は、<1>アの運送業に係る収入金額一二三七万九三〇〇円に、比準同業者Aの平均所得率三六・二八パーセント(別表三<3>参照)を乗じて算出した金額である。

イ 印章小売業分 六二万五四二三円

右は、<1>イの印章小売業に係る収入金額二二八万〇〇七〇円に比準同業者Bの所得率二七・四三パーセント(別表二<6>参照)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業専従者控除額 四五万円(当事者間に争いがない。)

<4> 事業所得の金額 四六六万六六三三円

(3) 昭和六一年分

<省略>

<省略>

<1> 総収入金額 一八九九万一七二四円

右は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分 一六七八万七〇〇〇円(当事者間に争いがない。)

右の内訳は、別表四の「昭和61年分」欄記載のとおりである。

イ 印章小売業分 二二〇万四七二四円

右は、昭和六一年分の伊藤印材店からの仕入金額二三万五六八五円を売上原価として、比準同業者Bの同年分の売上原価率一〇・六九パーセント(別表二<5>参照)で除して算出した金額である。

<2> 所得金額 七三〇万二六三三円

右は、次のア及びイの合計額である。

ア 運送業分 六六九万六三三四円

右は、<1>アの運送業に係る収入金額一六七八万七〇〇〇円に、比準同業者Aの平均所得率三九・八九パーセント(別表三<3>参照)を乗じて算出した金額である。

イ 印章小売業分 六〇万六二九九円

右は、<1>イの印章小売業に係る収入金額二二〇万四七二四円に比準同業者Bの所得率二七・五〇パーセント(別表二<6>参照)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業専従者控除額 四五万円(当事者間に争いがない。)

<4> 事業所得の金額 六八五万二六三三円

(二) 推計の合理性

(1) 昭和五九年分の運送業収入((一)(1)<1>ア)について

一般に、運送業収入は、その事業に使用する車両の燃料(本件では軽油)の消費量と正比例することから、被告は、すでに判明していた原告の昭和五九年分及び六一年分の軽油購入量並びに昭和六一年分の収入金額から、本人率による効率法を用いて、原告の昭和五九年分の収入金額を推計したものであり、量も合理的な推計方法によったものである。

(2) 本件各係争年分の運送業所得((一)(1)ないし(3)の各<2>ア)及び印章小売業に係る収入及び所得金額((一)(1)ないし(3)各<1>、<2>の各イ)について

被告は、比準同業者Aの平均所得率によって、運送業の所得金額を、比準同業者Bの売上原価率及び所得率によって、印章小売業の収入及び所得金額を推計したが、その基礎とした比準同業者の抽出方法は次のとおりである。

宇都宮税務署管内において、事業を営む個人事業者で、比準同業者Aについては次の<1>ないし<5>、比準同業者Bについては次の<1>ないし<5>の条件(以下「本件抽出基準」という。)のすべてに該当する者を抽出した。

(比準同業者A)

<1> 暦年を通じて貨物自動車(軽自動車を除く)を用いて顧客の依頼により対価を得て貨物を運送することを継続して営んでいた者

ただし、路線を定めて運行する者及び多数客の小口貨物を運送する者を除く。

<2> 所得税青色申告決算書を提出していた者

<3> 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者

<4> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者以外の者

<5> 年間の売上(収入)金額が、次のとおり、本件各係争年分において、原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内にある者

昭和五九年分 五二九万円以上二一一六万円以下

昭和六〇年分 六一八万円以上二四七四万円以下

昭和六一年分 八三九万円以上三三五六万円以下

(比準同業者B)

<1> 暦年を通じて印章小売業を継続して営んでいた者

<2> 所得税青色申告決算書を提出していた者

<3> 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者

<4> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者以外の者

<5> 年間売上原価が、次のとおり、本件各係争年分において、原告の売上原価の約二分の一以上、二倍以内にある者

昭和五九年分 一二万円以上四八万円以下

昭和六〇年分 一一万円以上四四万円以下

昭和六一年分 一一万円以上四六万円以下

前項によって抽出された比準同業者Aの数及び平均所得率は、別表三のとおりであり、比準同業者Bの所得率は、別表二のとおりである。

以上によれば、被告が採用した同業者率による推計課税は、本件抽出基準を満たす同業者を漏れなく抽出しているので、その過程に恣意が介在する余地がなく、かつ、右抽出基準は業種の同一性、事業所の近隣性及び売上金額の近似性等からして、同業者の類似性を判別する用件としては一般的に合理性を有している。さらに、抽出された比準同業者は、いずれも青色申告者であり、しかも経営状態が異常である者や更正処分等を受けこれに対して不服申立てをしている者を除外しているから、売上金額等の正確性がかなりの程度担保されている。

このような比準同業者の抽出基準は合理的であり、抽出過程も合理的である。

したがって、比準同業者の平均所得率を用いて推計した本件係争年分の収入及び所得金額は、原告の実際の収入及び所得金額に近似した数値が得られていると考えられ、この推計方法に合理性があることは明かである。

(三) 本件各更正の適法性

本件各更正における総所得(事業所得)金額は、別表一の1ないし3記載のとおり、

昭和五九年分 三三万一一四九円

昭和六〇年分 四〇二万五三二七円

昭和六一年分 五九二万〇一五三円

であり、いずれも(一)で述べた原告の本件各係争年分の総所得(事業所得)金額である。

昭和五九年分 四五一万七四五七円

昭和六〇年分 四六六万六六三三円

昭和六一年分 六八五万二六三三円

の範囲内であるから、本件各更正はいずれも適法である。

(四) 本件各賦課決定の適法性

原告は、本件各係争年分に係る総所得(事業所得)金額のいずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正(ただし、昭和五九年分を除く。)に伴い、原告が納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切捨て後の額)を基礎として、同法六五条一項及び二項の規定(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各賦課決定は適法である。

2  原告の主張

(一) 本件各更正の根拠については、昭和六一年分に係る運送業(建材業)の収入金額のみを認め、その余についてはいずれも否認ないし争う。

(二) 推計の合理性について

(1) 昭和五九年分の建材業(運送業)収入の推計には次の不合理な点がある。

<1> 被告の推計は昭和六一年に原告が昭和テスコから購入した燃料の一単位当たりの効率を推計の基礎数値としているが、昭和テスコ以外からも燃料を購入していた場合には、右一単位当たりの効率が高くなる。

原告は、昭和五九年及び昭和六一年に、すべての燃料を昭和テスコから購入していたわけではなく、また、右両年の全燃料購入量に占める昭和テスコからの購入量の比率が同一であるという前提もないのであるから、被告の推計には根拠がない。

<2> 仮に、建材業の収入と燃料消費量が正比例するとしても、それは原告が購入した燃料を消費して得た収入についてのみ妥当するから、昭和五九年及び昭和六一年における右収入の全収入に占める割合が同一であることが推計の前提となる。

原告は、昭和五九年及び昭和六一年のいずれも、受注した仕事の一部を下請に依頼していたが、その割合は右両年で異なり、また、昭和六一年には、ブルドーザーを賃貸して収入を得ていたから、被告の推計には根拠がない。

(2) 本件各係争年分に係る建材業の所得金額の推計は、次の点で不合理である。

そもそも、被告が推計に用いた同業者比率法が合理性を有するためには、比準同業者として選定した業者の業種の同一性が必須であるところ、原告は、昭和五九年ないし昭和六一年当時、いわゆる「建材業」、実態としては残土処理業を営んでいたが、被告は、これを運送業と考えて、運送業者を比準同業者として抽出した。原告には、残土捨場代や残土整地用の重機運行料(D50P)等、本来運送業には発生しない経費が発生しているのであるから、運送業とは異なる業種というべきであり、原告とは異なる業種の比準同業者の平均所得率を基に被告が行った推計には合理性がない。

仮に、原告の業種が運送業であったとしても、次のとおり、被告の推計は合理性を欠く。

<1> 被告は、運送業者のうち、「特定貨物運送業」(貨物自動車運送事業法二条の「特定貨物自動車運送事業」と同義と思われる。)を営む者を比準同業者として抽出したが、右「特定貨物自動車運送事業」は、単独の荷主の需要に応じて貨物を運送する事業であるところ、原告は、多数の発注元から依頼されていることから、「特定貨物自動車運送事業」ではなく、「一般貨物自動車運送事業」に該当する。右両者の所得率や差益率は、当然に異なることになるから、「特定貨物自動車運送事業」を営む者を比準同業者として被告が行った推計には合理性がない。

<2> 被告は、「特定貨物運送業」を、特定の荷物を運送する事業と解して比準同業者を抽出したが、右概念は法律上は存在せず、被告において独自に策定した概念であって、抽出基準の合理性を欠く。

また、被告の抽出した比準同業者は、法律上は、「一般貨物自動車運送事業」を営む者であるが、この場合でも、運送する貨物の種類によって運送料金が大きく異なり、所得率に格差を生じることになる。

このような比準同業者を抽出して行った推計には合理性がない。

<3> 原告のような建材業を営む個人業者は、受注を平均化するため、同業者間で相互に下請をすることで仕事をしている。この場合には、下請代金が顧客からの請負代金と同額であるのが通常であるため、下請に回して仕事をしたときは、収入と同額の経費がかかることになり、所得率が低くなる。

被告の推計は、右の実態を無視したものであり、合理性を欠く。

<4> 運送業者の中でも、副収入の有無、使用する車両の種類、使用燃料、駐車場等営業用資産の所有の有無、車両代金が完済されているか否か等によって、経費等に差異を生じ、所得率も異なることになる。

被告の推計は、これを無視したものであり、合理性を欠く。

<5> 被告は、特定貨物自動車運送事業者から抽出したとして、本件各係争年分の比準同業者をそれぞれ六名、七名、八名抽出したが、右特定貨物自動車運送事業は、法律上の制度ではあるが、現実の取引社会ではほとんど意味のない制度であり、平成九年には、個人、法人を合わせて栃木県内に三名しか存在せず、しかも、ここ二〇年間は新規参入者もいないのであるから、宇都宮税務署管内において、右のように多数の個人事業者が存在したとは考えられない。

よって、被告が行った比準同業者の抽出過程は不合理であり、被告の推計は合理性がない。

(3) 本件各係争年分に係る印章小売業の所得金額の推計は、次の点で不合理である。

<1> 基準により抽出された比準同業者は、一人のみであって、これによって得られる数値には何ら普遍性がなく、これを基礎として行った推計に合理性はない。

一人しかいない比準同業者の数値を推計の基礎とするためには、その者の営業と原告の営業が、業態、規模、営業条件、立地条件等において厳格に類似していることが前提となるが、その前提を欠く。

<2> 印章小売業は、特に営業の形態に差異の生じやすい業種であり、顧客の中心が個人か会社か、重点が印顆かゴム印か、加工を自らするのか外注か、機械彫りか手彫りか等によって異なり、店舗が所有か賃貸かによっても所得率は変わるにもかかわらず、被告の推計は、これらを無視したものであり、合理性を欠く。

(三) 本件各更正及び本件各賦課決定の適法性はいずれも争う。

六  争点4(実額反証の成否)について

1  原告の主張

本件各係争年分の原告の事業所の金額(総所得金額)等は、別表五の本件各係争年分の「合計」欄記載のとおりであり、右金額が実額であることについては、以下のとおりである。

(一) 建材業の収入金額について

本件各係争の原告の建材業における収入金額は、別表五の建材業の「売上」欄記載のとおりであり、そのうち昭和六〇年分の収入の内訳は、別表六の「原告主張額」欄記載のとおりである。

これらは、美和子作成の陳述書(甲第二一二二ないし第二一二四号証)により証明される。

(二) 建材業の経費について

本件各係争年分の原告の建材業における経費は、別表五の建材業の「経費合計」欄記載のとおりである。

(1) 外注費(下請に支払った代金)は、美和子作成の陳述書(甲第二一二二ないし第二一二四号証)により証明される。

(2) 外注費以外の経費は、美和子作成の陳述書(甲第二一二五ないし第二一二七号証)により証明される。

なお、原告は、自宅で「齋木建材」の事務所を兼ねているため、使用の実績から、建物使用に伴う経費及び水道光熱費について、事業関連経費を二割とし、通信費について、事業関連経費を八割とし、その余を自家消費分とした。

(三) 印章小売業の収入金額について

本件各係争年分の原告の印章小売業における収入金額は、別表五の印章小売業の「売上」欄記載のとおりである。

右金額のうち、昭和五九年分については、美和子作成の陳述書(甲第二一二八号証)により、昭和六一年分については、同陳述書(甲第二一三〇号証)により証明される。

昭和六〇年分については、昭和五九年分及び昭和六一年分の実額から次の方法で推計した。すなわち、右二年分の平均値で、外注費(加工費)比率と、外注費と仕入額の合計の比率を求め、右比率によって求められた二通りの売上額の平均額をもって昭和六〇年分の売上額とした。これは、印章小売業においては、印材に注文に応じた加工を施して販売する商品の比率が高いため、仕入額と売上額の間には必ずしも関連性があるとはいえず、むしろ、外注費と売上額、外注費と仕入額の合計と売上額との間に密接な関連性が認められるからである。

(四) 印章小売業の支出について

本件各係争年分の原告の印章小売業における支出は、別表五の印章小売業の「経費合計」欄記載のとおりである。

美和子作成の陳述書(甲第二一三一ないし第二一三三号証)、古川万里子作成の金員受領証明書(甲第二一三四号証)、小林晃雄作成の家賃受領証明書(甲第二一三四号証)により証明される。

なお、乗用車に関する経費については、個人生活にも乗用車を使用しているため、使用の実績から、事業関連経費を八割とし、その余を自家消費分とした。

2  被告の主張

原告が、真実の所得金額が推計の結果を下回ると主張し、実額を主張・立証して推計額を争うためには、経費についての実額の主張・立証のみでは足りず、原告が主張する収入額がその収入額のすべてであること、主張に係る経費と右収入額が対応していることをも立証すべきであり、その実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要がある。

しかしながら、原告は、印章小売業の一部については実額ではなく推計に基づく主張であることを自認している上、その他についても、原告は、日々の取引が細大もらさず正確に記録された会計帳簿を備えつけていないばかりか、証拠として提出された実額資料は、その記載内容の信用性が全く認められない。

したがって、原告提出に係る実額資料によって本件各係争年分における所得金額を実額で把握することは不可能であり、ましてや、その実額反証の立証の程度は「合理的疑いを容れない程度」とは程遠いものであるから、結局、原告の実額反証の主張は失当である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(税務調査の適法性)について

1  適正な課税処分(更正、決定及び賦課決定)を行うためには、課税要件事実に関する資料の入手が必須であることから、所得税二三四条一項は、必要な資料の取得収集を可能にするため、税務職員に質問検査権、すなわち課税要件事実について関係者に質問し、関係の物件を検査する権限を認め、相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負っている。

したがって、適正な課税処分を行うために質問検査の必要があり、かつ、相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な程度にとどまる限り、税務職員が行う質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の要否、開示の程度、第三者の立会いの可否等の実施の細目は、その税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられていると解すべきである。

2  証拠(乙第三ないし第五号証、証人落合基由)によれば、原告の提出した本件各係争年分の所得税の確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がなく、収支内訳書の添付もなかったため、所得金額の算出過程が不明であったこと、建材業と印章小売業を営んでいることからすると原告の申告所得金額が過少ではないかという疑問が持たれたこと、過去に原告の調査を実施したことがなかったことが認められる。

これらの事実によれば、被告において、原告の申告内容が適正であるかどうかについて調査確認すべき客観的な必要性があると判断したことは当然であって、同法二三四条一項に規定する調査の必要があったことは明かである。

3  原告は、被告係官らの調査が権力的に行われたと主張し、調査が違法である旨主張しているので、税務調査の経緯について検討する。

税務調査の経緯は、第二、一2記載のとおり(争いのない事実)であり、これに加えて、証拠(乙第六号証の一ないし三、証人落合基由、証人齋木美和子、原告本人)により以下の事実が認められる。

(一) 昭和六一年八月二〇日の調査では、被告係官らが、美和子に対し、身分証及び質問検査証を提示し、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の原告の所得税の調査を行うために来た旨を伝えたが、原告が不在であると言われたため、同年九月二日午前一〇時ころ、原告店舗に調査に訪れたい旨のメモを作成し、これを美和子に交付して原告店舗を辞去した。

(二) 昭和六一年九月二日の調査において、落合係官は、美和子から調査理由を問われて、所得金額の適否の確認であるとのみ答え、守秘義務を説明して立会人の退席を求めた。美和子は、立会人と共に、調査の理由が単に所得金額の確認というのでは納得できないと言ってなおも理由の開示を求めるとともに、立会人の退席を拒んだため、被告係官らは、美和子に対し、納税者には調査に応じる義務があること等が記載された税務調査に関するパンフレットを交付し、原告から被告係官らに連絡してもらうよう美和子に依頼して、原告店舗を辞去した。

(三) 昭和六一年九月三日の電話では、落合係官が原告に対し、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税の調査に協力するよう求めたが、原告は仕事の段取りがあり、九月の連休過ぎに改めて原告から連絡すると述べて電話を切った。

(四) 昭和六一年一〇月二四日の調査において、美和子が被告係官らに再度調査理由を尋ねたところ、同係官らは、原告の確定申告書に売上げも経費も記載されていないので、所得金額を確認するためと答えた。

被告係官らは、提示された一覧表の記載内容を確認するため、同表作成の基となる請求書、領収書及び会計帳簿の提示を求めたが、美和子は、これに応じず、予め用意していた請求書の控えを自分で読み上げた。

被告係官らは、美和子に対し、再三にわたり会計帳簿等の提示と、相手先の住所の開示を求めたが、美和子は、反面調査をされると相手先に迷惑がかかる等述べて、被告係官らの要求を拒否し、調査がそれ以上進展しなくなったため、原告店舗を辞去した。

(五) 昭和六一年一〇月二七日の電話において、落合係官は、請求書、領収書等を提示して欲しい旨要請したが、反面調査をされると相手方に迷惑がかかる等述べるだけで、落合係官の説得に応じようとしなかったため、同係官は、原告の協力が得られなければ独自に調査を進めざるを得ない旨伝えた。

(六) 昭和六二年七月二七日の調査において、原告は、被告係官らから立会人の退席を求められたにもかかわらず、これに応じず、昭和六〇年分の調査の結果を開示するように求め、被告係官らがこれに応じないことを非難し、被告係官らの再三にわたる調査への協力要請や会計帳簿等の提示要求には、全く応じなかった。

4  前述の調査経緯の中で、具体的には、調査理由の開示の程度、第三者の立会いの可否等をめぐる被告係官らの対応が問題となる。

(一) 前記認定によれば、被告係官らは、調査理由について、原告の確定申告書に収入も経費も記載されていないので、所得金額を確認するためであると述べたのみで、それ以上に個別具体的な調査理由を開示していないが、前述のとおり、調査理由の開示の要否、開示の程度といった事柄は、相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な程度にとどまる限り、税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているというべきである。そして、被告係官らの右申述からすれば、調査理由が、確定申告書から判明しない収入及び経費の聴取と、それを裏付ける資料の確認のためであることが明かであるから、被告係官らのした説明は、合理的な裁量の範囲内といえるのであって、何ら違法の誹りを受けるものではない。

(二) 前記認定によれば、被告係官らは、調査に際し、再三にわたって立会人の退席を求め、原告や美和子がそれを拒んだために調査を断念したのであるが、前述のとおり、税理士以外の第三者の立会いを拒むか否かは、相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な程度にとどまる限り、税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているというべきである。そして、たとえ被調査者が、立会いを求める限度で自己の営業上の秘密やプライバシーを放棄したとしても、調査は、被調査者の営業上の秘密等のみならず、取引先の営業上の秘密等にも及ぶことも少なくなく、守秘義務を負わない私人が立ち会ってその内容を覚知することでその秘密が侵害される事態にもなりかねないから、守秘義務を負う税務職員としては、そのような事態をも考慮して第三者の立会いを拒んだとしても、合理的な裁量の範囲内といい得る。

(三) 原告及び美和子は、他にも、調査結果の開示を求めたり、反面調査による影響を理由として調査を拒んだが、それらに対する被告係官らの対応は、いずれも違法の問題を生じるものではないし、調査全体を通じてみても、原告本人が尋問中で述べているように、原告らが強く言うと被告係官らは黙ってしまうような状況だったのであるから、被告係官らが権力的に振る舞って、裁量の範囲を逸脱するような言動があったものと認めることはできない。

したがって、本件調査が違法であるとする原告の主張は理由がなく、本件各処分における調査手続は適法である。

二  争点2(推計課税の必要性)について

一3で認定した本件調査の経緯によれば、被告係官らは、昭和六一年九月二日、同年一〇月二四日及び昭和六二年七月二七日の三回にわたって、原告店舗を訪れ、原告又は美和子に対し、所得金額の適否の確認のための調査である旨を告げ、右三回のいずれの調査の際にも、立会人の退席を求めて調査に応じるよう説得したが、原告及び美和子は終始これを拒絶し、調査の理由や結果の開示を執拗に求めたり、反面調査による影響等に藉口して会計帳簿等の開示を拒むなど本件調査に非協力的な態度をとり続けていたことが認められる。

そうであれば、被告が原告に対する質問調査等によってその所得金額を確認することはできないと判断したことも無理からぬことであり、被告は、これを推計によって算定せざるを得なかったものと認められるから、推計の必要が存したことは明かである。

三  争点3(推計課税の合理性)について

1  昭和五九年分の建材業収入

(一) 証拠(乙第八、第一八、第一九号証、証人落合基由)によれば、原告が昭和テスコから購入した軽油量等は、次のとおりであると認められる。

昭和五九年四月ないし一二月

購入軽油量 一万〇八六二・二リットル

軽油購入金額 一一三万六一九六円

昭和テスコとの全取引金額 一二二万六九五三円

昭和六一年一月ないし一二月

購入軽油量 一万七二二六・二リットル

軽油購入金額 一四四万七三〇八円

昭和テスコとの全取引金額 一七一万二二〇四円

(二) 一般に、車両による貨物の運搬を業とする場合には(原告が主張する残土処理業を運送業と評価し得るか否かについては後述する。)、その営業活動の状況は、使用される車両の燃料消費量に反映するものであり、その収入は、右燃料消費量と比例的関係にあるということができる。

本件において原告は、同人が建材業に使用する車両は、すべて軽油使用車であると主張しており、被告もその点については特に争っていないから、右事実を前提とすれば、軽油消費量から原告の建材業収入を推計することには合理性があるというべきである。

そして、具体的には、被告は、当事者間に争いのない昭和六一年分の建材業収入(少なくとも一六七八万七〇〇〇円の収入があったことは争いがない。)を昭和六一年における昭和テスコからの前記軽油購入量で除した同年分の軽油一リットル当たりの収入金額を基礎として、昭和五九年四月ないし一二月分の昭和テスコからの前記軽油購入量を乗じて、同年分の建材業収入を推計している。

原告は、昭和五九年及び昭和六一年の両年とも、昭和テスコ以外からも軽油を購入していることが認められる(甲第九九、第三二〇ないし第三二六、第三三一、第一二二二ないし第一二二五、第一二二七ないし第一二二九号証)が、美和子作成の陳述書(甲第二一二五、第二一二七号証)によれば、昭和六一年における全燃料購入費に占める昭和テスコからの燃料購入費の割合は、約九九・〇パーセントであるのに対し、昭和五九年では四五・八パーセントに過ぎない。したがって、昭和六一年における昭和テスコからの軽油購入量を基礎として昭和五九年分の建材業収入を推計するのであれば、原告には著しく有利な推計結果となるものであり、しかも、昭和五九年四月ないし一二月分という九か月分の軽油購入量を基礎としていることに鑑みても、原告の昭和五九年分の収入が、被告の推計結果を下回ることはあり得ない。

また、原告には、下請に依頼した場合の収入等購入した軽油を消費しないで得た収入もあるが、美和子作成の陳述書(甲第二一二二、第二一二四号証)によれば、原告が主張する昭和六一年における建材業の売上金額に占める購入した軽油を消費して得た本人分売上額の割合は、約五八・八パーセントであるのに対し、昭和五九年では五二・二パーセントに過ぎないというのであるから、そうであれば、昭和テスコから購入した燃料購入費の右売上金額に占める割合は、より増して昭和六一年の方が昭和五九年より高いことになるから、昭和六一年における昭和テスコからの軽油購入量を基礎として昭和五九年分の建材業収入を推計するのであれば、原告に有利な推計結果となるのであり、原告の昭和五九年分の建材業収入が、被告の推計結果を下回ることはあり得ない。

(三) したがって、昭和五九年分の建材業収入に関する被告の推計には合理性がある。

2  昭和六〇年分の建材業収入

原告は、昭和六〇年分の建材業に係る収入金額に関し、数回にわたる訂正の後、第二四回口頭弁論期日において、合計が一二一二万七六〇〇万円であり、その内訳は甲第二一二三号証記載のとおり(別表六の「原告主張額」欄の記載に同じ)である旨主張しており、これによれば、水沼建材、永岡建材、有限会社はぐろや建材、須賀建設株式会社、松本建材、菅野重機、渡辺建設株式会社、大橋建材、有限会社渡辺砂利店、俊和建設株式会社、坂本建材及び橋本建材からの収入については、少なくとも被告が主張する金額については、争いがないこととなる。

そして、日豊工業株式会社、花塚組、大房重機及び嶺重機については、各々の回答書等(乙第一〇号証の一、第一一号証の一、二、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二)の記載から、昭和六〇年中に被告主張の金額の各取引があったことが認められる。

よって、原告の昭和六〇年分の建材業収入は、少なくとも一二三七万九三〇〇円であったことが認められ、被告がこの金額を基礎として昭和六〇年分の建材業所得を推計したことには合理性がある。

3  本件各係争年分の建材業所得

(一) 証拠(乙第一号証の一、二)によれば、本件における比準同業者の抽出は、関東信越国税局長が、宇都宮税務署長に対し、本件抽出基準<1>ないし<5>を満たす対象者すべてについて報告を求める通達を発し、同税務署長から報告書が提出される方法で行われ、右通達に対する同税務署長からの報告によって、別表三記載のとおり、昭和五九年分については六件、昭和六〇年分については七件、昭和六一年分については八件がそれぞれ抽出され、それに基づいて各年分の所得率の平均値を算出したことが認められる。

(二) 被告は、前記認定のとおり、本件抽出基準で貨物自動車(軽自動車を除く)を用いて顧客の依頼により対価を得て貨物を運送することを継続して営んでいた者(ただし、路線を定めて運行する者及び多数客の小口貨物を運送する者を除く。)を比準同業者として抽出したが、原告は、自らが営んでいた残土処理業は建材業であって、運送業とは異なる業種であるから、本件抽出基準は業種の同一性を欠き、合理性がない旨主張するので、この点について判断する。

(1) 原告は、平成元年六月の本訴提起以来、自らを「建材運送業を営む者」と主張し、原告を「残土及び産業廃棄物等の運送業を営む者」という被告の主張に対しても、「おおむね認める」と認否し、また、「原告のような建材や産業廃棄物を運送する個人業者においては」等それを前提とする主張を重ね、原告本人尋問においても、建材業の仕事の内容を尋ねる質問に対し、残土の運搬が八割(残りの二割は砂利の販売)であると答えていた。

しかしながら、本訴提起から約七年が経過した平成八年二月に至って、「残土処理の業務は行っていたが、残土の運送業及び産業廃棄物の処理・運送業は行っていなかった」と主張を訂正した(当裁判所に顕著な事実)。

(2) 原告は、本人尋問により、次のとおり供述した。

<1> 原告が行っていた残土処分の内容は、建設現場等で出た残土をダンプカーで捨て場まで運び、捨てることであって、捨て場の形状により、穴にそのまま捨てる場合と、ブルドーザーで地均しして整地をする場合がある。

<2> 残土の処分代金は、一日当たりで決める方法(常用)、一立方メートル当たりで決める方法、一台当たりで決める方法(台引き)があり、どの方法によるかは依頼者との交渉で決まる。

地均しが必要な場合には、交渉により、右代金に残土処分代、ブル代、整地代等適当な名目で代金を上乗せしてもらうことがある。

<3> 捨て場については、依頼者の指示した捨て場に捨てる場合が二割程度で、他に原告が確保している捨て場に捨てる場合、下請に回した先で確保している捨て場に捨てる場合等がある。

<4> 原告は、宇都宮市田下町に捨て場を確保していたが、その土地所有者に対しては、昭和六一年ころから捨て場代を支払うようになった。

依頼者の指示した捨て場に捨てる場合には、依頼者が捨て場代を負担し、大谷の陥没地のように、捨て場代がチケット購入方式になっている場合には、依頼者にチケット代金を請求した。

総じて、捨て場代についても、一定の決まりがあるわけではなく、交渉によりその都度決められた。

(3) 確かに、原告の右供述によれば、依頼者と原告との間の残土処理に関する契約では、むしろ残土を「捨てる」ことが主目的であり、捨てるために不可欠な前提作業として運搬が位置づけられることになり、依頼者から捨て場を指定される場合を除けば、単に目的地まで目的物を「運搬」するというのとは若干ニュアンスを異にする。

もっとも、原告の右供述を前提にしたとしても、残土処理業の実際の作業としては、大部分が残土を捨て場まで運ぶという運搬作業であって、このことは、(1)記載のとおり、原告自身が、本訴において主張を訂正するまでの間、残土の運送業と認識していたことからも容易に窺える。

しかも、残土処理代金として、統一的に対価関係が定まっているのは、運搬に対する対価の部分のみであって、捨て場の指定や捨て場代の負担、地均しに対する対価などは、各仕事ごとに適宜交渉で決められることになるというのであるし、美和子作成の陳述書(甲第二一二二ないし第二一二四号証)及び証人齋木美和子の証言によれば、ダンプカーによる運搬と関係のない収入の大部分は、残土捨場代と称するブルドーザーで地均しをしたことの代金とブルドーザー(D50P)の賃貸料であり、原告が陳述書に記載する本件各係争年分における建材業の売上金額に占める両者の割合は、昭和五九年分が四・七パーセント、昭和六〇年分が六・〇パーセントに過ぎず、昭和六一年分はこれらより増えているものの二〇・七パーセントであり、いずれにしても原告の建材業の主要部分が残土の運搬であるという基本は変わらない。

一方、経費についても、原告が実額反証で計上しているところによれば、外注費を別とすれば、車両(ダンプカー)関連の経費が大部分であり、その他のものとして、自宅の一部を利用した事務所関連費用があるだけで、運送業者の必要経費と全く変わりがないことになる。

なお、前掲各証拠によれば、外注費については、請負の形をとってはいても、実態は、原告のような個人事業者同士で、受注した仕事を相互に紹介し合っているだけのことであり、差益をほとんど得ていないというのであるから、原告の業種、業態を考える上では、あまり意味を有しない。

(4) そもそも、推計課税は、租税の公平負担の理念から是認されているところ、課税のための基礎的資料が乏しい場合に、実額課税の場合と同程度の合理性を要求し、税務署長に多くの時間と労力を費やさせ、困難を強いて推計の基礎事実や当該納税者と極めて類似する同業者等を探し出すことを要求することは、調査に非協力で不誠実な納税者に対して不相当に最低限の課税しかできない結果を招来し、租税の公平負担の理念に反するうえ、実額課税の代替手段として推計課税を認めた趣旨にも反することとなる。

したがって、残土処理業というものが、厳密な意味で運送業とは業種を異にするとしても、前述のとおり、原告の場合には残土の運搬に伴う収入と経費がその事業収支の主要な部分を構成し、原告の課税対象となる所得を導き出す収入と経費において、運送業と構造上の類似性を有し、類型的に同一であると認められるから、運送業者を比準同業者として、その平均所得率を用いて推計したとしても、合理性を欠くとまでいうことはできない。

(三) 原告は、運送業者を比準同業者とする場合であっても、被告が抽出した特定貨物運送業者ではなく、一般貨物自動車運送業者から抽出すべきであったと主張する。

証人印南賢二の証言によれば、被告においては、運送業を、一般貨物運送、特定貨物運送及び一般軽貨物運送の三種類に分類し、一般貨物運送とは路線を定めて運行すること及び多数客の小口貨物を運送することを、特定貨物運送とは特定の貨物を運送することを、一般軽貨物運送者とは軽自動車を用いて運送することをそれぞれ意味し、本件抽出基準によって、このうち特定貨物運送を営む者を抽出したことが認められる。

前述のとおり、推計方法が合理的であるといえるためには、原告の営む事業と業種、業態が概ね類似しており、特に収入と経費の内容に際だった差異を生じない比準同業者の抽出することが必要であるところ、そのための抽出基準としては、右比準同業者の抽出を可能ならしめるものであれば足り、必ずしも原告が主張する貨物自動車運送事業法に規定する法律上の分類に従った抽出基準を用いることが要求されるものではない。

してみると、被告の運送業の分類には、一応の合理性があるものと認められ、その分類に従えば、原告が特定貨物運送を営む者であることは明かであるから、本件抽出基準は合理性を有するものと言え、この点に関する原告の主張は理由がない。

(四) 原告は、貨物運送業者の中でも、運送する貨物の種類、下請けへの依頼の有無、副収入の有無、使用車両や使用燃料の種類、店舗や駐車場の所有の有無、車両代金の支払の有無によって所得率が異なるにもかかわらず、被告の推計においては、これらの諸要素が無視されているため、合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、そもそも、推計課税が行われるのは、課税のための基礎的資料がない場合であるから、税務署長が納税者の営業実態等を把握した上で、個別具体的な営業実態等を基にこれに極めて類似する同業者だけを抽出することなどもともと不可能であって、また、それを要求すべきでもないことは前述のとおりである。

したがって、推計で得られる数値は一般的、抽象的な見地から真実の所得金額に一致する蓋然性があれば足り、その合理性を検討するに際しても、一般的、抽象的にみて実額に近似した数値を求めるに必要な限度で類型的な事実について考察すれば足りると解すべきである。推計の方法としていわゆる同業者比率の平均所得率を用いる場合、同業者の類似性については、業者間に無限に存する個別的営業条件の差異をいちいち考慮する必要はないのであって、業種、業態の類型的同一性、法人、個人の別、事業所の存する地の地理的、環境的近接性、事業規模の近似性等の基本的要因において抽出基準が合理的であれば、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値を求める過程で包摂され、同業者の平均値である平均所得率の中に抽象されているというべきである。

(五) 本件抽出基準については、業種、業態の類型的同一性が認められることは前述のとおりであり、対象を原告と同じ宇都宮税務署管内の個人事業者に限定し、事業規模の近似性を考慮していわゆる倍半基準を採用したのであって、同業者の類似性を判別する要件としての合理性を有しているといえる。また、被告は、本件抽出基準に該当する者をすべて抽出したのであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地は認められない。さらに、抽出された比準同業者は、いずれも帳簿等の裏付けを有する青色申告者であって、経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることからすれば、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。

なお、本件抽出基準によって抽出された比準同業者の所得率は、最大約三倍の格差があるが〔別表三(昭和60年分)順号1と3〕、各同業者率は、概ね平均所得率の周辺に分布しており、平均所得率との開きが大きい者についても、平均値を求める過程で解消されているものと考えられるから、この平均所得率を適用した推計には合理性が認められる。

以上によれば、被告の推計方法には合理性があるというべきである。

4  本件各係争年分の印章小売業に係る収入及び所得

(一) 証拠(乙第一七号証の一ないし三)によれば、原告は、有限会社伊藤印材店から印材を購入し、その仕入金額の合計は、昭和五九年分が二四万六八〇〇円、昭和六〇年分が二二万七〇九五円、昭和六一年分が二三万五六八五円であったことが認められる。

被告は、原告と事業規模を同じくする印章小売業を営む個人事業者を比準同業者Bとして抽出したうえ、原告の右仕入金額を比準同業者Bの売上原価率で除して本件各係争年分の印章小売業に係る収入金額を算出し、さらに、右収入金額に、比準同業者Bの所得率を乗じて、本件各係争年分の印章小売業に係る所得金額を算出した。

(二) 証拠(乙第二号証の一、二)によれば、本件における比準同業者の抽出は、関東信越国税局長が、宇都宮税務署長に対し、本件抽出基準<1>ないし<5>を満たす対象者すべてについて報告を求める通達を発し、同税務署長から報告書が提出される方法で行われ、右通達に対する同税務署長からの報告によって、別表二記載のとおり、本件各係争年分については各一件が抽出され、その各年分の売上原価率及び所得率に基づいて収入及び所得金額を算出したことが認められる。

(三) 原告は、被告が本件抽出基準により抽出し得た比準同業者は一人であり、一人の営業から得られる各数値には何ら普遍性がないから、それを基礎とする被告の推計は合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、同業者比率法を採る場合に、抽出された比準同業者の数が多い方が望ましいことは勿論であるが、前述の推計課税の趣旨ないし性格に照らせば、同一地区で他に正確な資料を有する同業者のない場合には、青色申告者のような資料の正確性の認められる同業の一人だけと対比することも許されると解すべきである。

そして、対比する同業者が一人しかいない場合でも、右同業者の事業規模、内容等が、納税者のそれと細部の点にいたるまで完全に一致する必要はなく、その主要な点において類似しておれば足りるものというべきである。

この理について、印章小売業のみ別異に解する理由はなく、同業者の類似性についても、基本的要因において抽出基準が合理的であれば足りることは前述のとおりである。

(四) 本件抽出基準については、印章小売業を営む者としている点で、業種、業態の類型的同一性が認められ、対象を個人事業者に限定し、原告と同じ宇都宮税務署管内に限り、事業規模の近似性を考慮していわゆる倍半基準を採用したのであって、同業者の類似性を判別する要件として合理的であるといえる。また、被告は、本件抽出基準に該当する者をすべて抽出したのであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地は認められない。さらに、抽出された比準同業者は、いずれも帳簿等の裏付けを有する青色申告者であって、経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることからすれば、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。

以上によれば、被告の推計方法には合理性があるというべきである。

四  争点4(実額反証の成否)について

被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件各係争年分の事業所得に係る収入金額及び必要経費の実額は、別表五記載のとおりであると主張し、右実額を立証するために、甲第一号証ないし第二〇九六号証、第二一〇一ないし第二一三五号証を提出しているので、以下これについて検討する。

1  そもそも推計による更正は、推計の必要性が認められる場合に、合理的と認められる方法で所得金額を推計するものであり、収入金額、必要経費の金額等を個別的に推計するものではないから、原告がこのような推計課税に対する反証として、実額による所得金額の主張をする場合には、収入又は支出の一部について立証するのでは足りず、収入金額と必要経費の全部についての実額と、主張に係る経費が右収入金額に対応していることをも立証する必要があり、その実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要がある。

2  建材業について

(一) 事業所得の金額は、所得税法上、総収入金額から必要経費を控除した金額とされているから、これを実額で把握するためには、余程単純、小規模な事業でもない限り、事業に関して生じる収入及び支出の一切を細大漏らさず記録した会計帳簿の存在が必須不可欠である。

すなわち、収入金額については、これを継続して個別具体的に記録した会計帳簿が他の会計記録(例えば現金出納帳)と突合され、領収証控、請求書控等の原始書類と照合されて初めて収入金額の実額を把握し得るのであり、必要経費についても、収入金額と同様に、これを継続して個別具体的に記録した会計帳簿と他の会計記録や原始書類が突合されることによって必要経費の実額を把握することができる。こうした会計帳簿の適切な記帳により始めてその収入金額と必要経費について費用と収益の対応関係が明らかになるというべきである。

したがって、会計帳簿への適切な記帳が実額計算の不可欠な前提であることからすれば、正確な記帳に基づかない実額の立証は、基本的に許容されるべきではない。

(二) 証人齋木美和子の証言によれば、原告においては、実額計算に必要不可欠である収入及び支出の実額を継続的に個別具体的に記録した現金出納帳の会計帳簿を作成してこなかったことが認められる。

そうすると、収入及び支出の実額は、原始書類である前記甲号証(印章小売業にのみ係るものを除く)によって判断するほかないが、この場合には、右書類が取引に接着して作成され、かつ完全に保存されているとともに、それが収入及び支出の実額を継続的かつ個別具体的に記録した会計帳簿と同程度ないしそれ以上に信用性があるといった特別の事情がなければならない。右事情が認められない場合には、原告の主張する収入金額が原告の収入金額の全額であることが明かにならないばかりか、原告の主張する経費についても、収益との対応関係が認められる必要経費であるかどうか、原告の事業と関連性を有し、当該年中に債務が確定した必要経費であるかどうかについて、十分な検証を行うことが不可能となり、収入金額及び必要経費の実額について合理的な疑いを容れない程度に立証したものとは到底いうことができない。

(三) そこで、前記甲号証に右事情が認められるかどうかを判断するに、前記甲号証中には、支払者又は支払の相手先が明らかでないもの、レシートであるもの、白紙にメモしたに過ぎないものが多数含まれており、これらは、会計帳簿の記載とあいまって始めてその支出が確認できる性質のものといわざるを得ず、これら単独で会計帳簿と同程度ないしそれ以上に信用性があるものとは到底いうことができない。

証人齋木美和子の証言によれば、原告は、手帳に、仕事の日付、現場、注文先、下請先をすべて記載していたこと、手帳は現在も保管していたことが認められるにもかかわらず、原告は、出面帳あるいは作業日報ともいうべき右手帳を書証としてあえて提出しないし、手帳に代わる証拠の提出もない。

また、原告は、美和子作成の陳述書(甲第二一二二ないし第二一二七号証)をもって実額の立証を試みているが、その記載内容と前記甲号証との間に齟齬が少なくないことから、陳述書の内容は措信できないといわざるをえず陳述書をもって原始書類を補強立証することもできず、他に原告の主張に係る収入金額と必要経費がその全額であることを認めるに足りる証拠はない。

(四) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の建材業に関する実額主張は理由がないことに帰する。

3  印章小売業について

(一) 原告は、印章小売業の売上金額を立証するため、売上伝票(甲第一三六一ないし第一六一九号証)、売上メモ(甲第一六二〇ないし第一八七二号証)及び月別一覧表(甲第一八七三ないし第一八七九号証)を提出している。

しかしながら、原告は、右甲号証の他に、注文受書、納品書、請求書、領収書の控え等の原始資料を一切証拠として提出しておらず、右甲号証の検証は不能であるというほかない。

また、売上伝票の記載自体に、合計金額の誤り、金額記載の欠缺、内容記載の欠缺等の不備が散見され、その信用性は低いというべきところ、さらに、本件各係争年分の全期間を通じて売上伝票が残されているわけではないことから、証人齋木美和子の証言に寄れば、同人作成の月別一覧表は、売上メモがある部分についてはそれを基に作成し、それがないものについては、三年間の平均値で作成したことが認められるのであって、そもそも実額立証の資料とはなり得ないものといわざるを得ない。

(二) その上、昭和六〇年分については、一月から九月までの間の売上伝票、売上メモ又は月別一覧表すら提出されておらず、原告が売上金額として主張しているものは、昭和五九年分及び昭和六一年分の実額反証として原告が主張している売上金額から推計〔右二年の平均値に対する外注費(加工費)比率と、外注費と仕入額の合計の比率を求め、右比率によって求められた二通りの売上額の平均額を昭和六〇年分の売上金額とした。〕によって求めたものにほかならない。

したがって、原告の主張が実額反証になり得ていないことは論を待たない。

(三) 以上によれば、原告の印章小売業に関する実額主張も理由がない。

五  本件各処分の適法性

1  前記認定のとおり、原告は、少なくとも次の金額の収入を得ていたことが認められる。

昭和五九年分 総収入 一三一七万四九二九円

建材業収入 一〇五八万五二一三円

印章小売業収入 二五八万九七一六円

昭和六〇年分 総収入 一四六五万九三七〇円

建材業収入 一二三七万九三〇〇円

印章小売業収入 二二八万〇〇七〇円

昭和六一年分 総収入 一八九九万一七二四円

建材業収入 一六七八万七〇〇〇円

印章小売業収入 二二〇万四七二四円

したがって、右各建材業収入及び印章小売業収入に別表二及び三記載の各該当の平均所得率をそれぞれ乗じて算定した原告の本件係争各年分の運送業所得、印章小売業所得及びその合計額から事業専従者控除額を差し引いた総所得額は、次のとおりである。

昭和五九年分 建材業所得 四二二万〇三二四円

印章小売業所得 七四万七一三三円

所得合計 四九六万七四五七円

総所得 四五一万七四五七円

昭和六〇年分 建材業所得 四四八万七一四六円

印章小売業所得 六二万五四二三円

所得合計 五一一万二五六九円

総所得 四六六万六六三三円

昭和六一年分 建材業所得 六六九万六三三四円

印章小売業所得 六〇万六二九九円

所得合計 七三〇万二六三三円

総所得 六八五万二六三三円

一方、本件各更正に係る総所得金額は、別表一の1ないし3の「更正及び加算税の賦課決定」欄記載のとおりであって、いずれも推計により算出された右総所得金額の範囲内にあるから、本件各更正は適法である。

2  原告が本件各係争年分の総所得金額をいずれも過少に申告していたことは明らかであり、被告は、本件各更正(昭和五九年分を除く。)に伴って、原告が納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた額)を基礎として、同法六五条一項及び二項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により算出した過少申告加算税額を賦課決定したものである。

右各過少申告加算税額は、いずれも前項記載の推計により算出した総所得金額を基礎とした場合の過少加算税額の範囲内にあるから、本件各賦課決定は適法である。

六  以上のとおり、本件課税においては、その調査過程に違法はなく、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各処分における総所得金額、所得税額及び過少申告加算税額は、いずれも前記推計等により算出した金額の範囲内であるから、本件各処分には何ら違法な点は存しない。

よって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増山宏 裁判官 宮岡章 裁判官 男澤聡子)

別表一の1

昭和五九年分

<省略>

別表一の2

昭和六〇年分

<省略>

別表一の3

昭和六一年分

<省略>

別表二

印章業の比準同業者B(1件)

<省略>

別表三

運送業の比準同業者A

(昭和59年分)

<省略>

(昭和60年分)

<省略>

(昭和61年分)

<省略>

別表四 運送業収入一覧表

<省略>

別表五

年度別収支内訳書

<省略>

別表六

昭和60年分建材業収入

<省略>

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